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大阪大学大学院理学研究科 杉山 成先生にインタビューしました

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2015年9月13日取材

研究者を目指されるようになるまでのことをお聞かせいただけますか?

 この分野に入ったきっかけは、配属を希望した研究室がタンパク質結晶学の研究をしていたからなんです。配属を希望した理由というのは、この研究室の先生(安岡則武先生)と最初に廊下で出会ったときの、その紳士的な印象からでした。先生がちょうど兵庫県立姫路工業大学(現兵庫県立大学)工学基礎研究所で研究室を立ち上げられて数年しか経っていない新しい研究室だったと思います。その時の出会いで、「あっ、この先生のところに行こう」という気持ちになりました。希望通り4年生の時にそこに配属されて、タンパク質結晶学を学んだというのがこの分野での研究のスタートです。
 タンパク質は、当時の研究室では天然からそのまま取ってくる方法が主でした。硫酸還元菌が持つ酸化還元にかかわる色のついたタンパク質を扱っていました。その時に思い知らされたことは、同じ200リットル大量培養から取ってきても、とれてくる目的タンパク質の量がその度に大きく変わるということです。自分たちが怠けていたとか、コンタミしていたとか、試薬の量を間違えていたっていうわけではなくて、同じプロトコール通りにやっていても大きく変わるのです。天然のものから精製していたので特にそうだったのでしょうね。収率が1/10以下に減ることはよくありました。

ショックですね。

 ショックですよ(笑)。「何やってるんや」って、朝から晩まで一生懸命やってね。おそらく原因は何かあったのでしょうけれども、今でもよく分からないですね。やっぱりまだ生命っていうのはよくわかっていない、そういう生き物を扱っているっていう難しさを、学生の時から感じていましたね。

その後は?

 修士を修了後、協和発酵工業(株)に就職して、静岡県にある医薬研究所に配属されました。ただ、同時に大阪府吹田市にありました、半官半民の研究所、(株)蛋白工学研究所にすぐに出向ということが決まっていたため、約二ヶ月の研修も一ヶ月で終えて、大阪へ異動しました。そこは10年の期限付き研究所で、すでに6年程たっていたのですが、有名な先生方ばかりが在籍しておられて、そこへ修士を取ってすぐに行ったのでとても衝撃的でした。レベルがあまりにも高すぎてです。

修士を取られてすぐということは、入られてからはギャップが大きかったでしょうね。

 大きかったですよ。いきなり遊び気分だった学生から、トップレベルのところに配属されました(笑)。

大変恵まれていたとも思えますが。

 そうです。そこで構造生物学というのを、タンパク質結晶学を含めて本格的に学ばせてもらいました。その時に森川耿介先生と松島正明先生のお二人に教えていただきながら学んだんですね。そこで出会った方々はレベルの高い研究を今でも各地でされています。年に一回OB/OG交流会というのがありま して、いろんなことを皆さんから教えていただいています。そこでの出会いは大きかったと思いますね。

そこから本格的な研究の道に進まれたのですね。

 協和発酵の医薬研究所からの出向でしたので、薬を作るということが根本にあるんですね。構造生物学というのもそういった人の役に立つものとして、薬に 結びつく、応用ということに結びつくような研究というのが根本にはありました。アカデミックな研究というより、どのようにして薬に結びつかせるか。当時はどちらかというと、重要なタンパク質の構造解析をするとNature、Scienceというレベルだったんです。今ではそうではなくて、構造を解いて何をするのかということが常に問われるようになりましたけれど。そして、そこから更に、薬の開発であるとか、ヒトの役に立つとかを考えますね。

大学で、卒業研究から修士号博士号と進んで研究するのとは、少し違いましたでしょうね。

 はい、ちょっと違いますね。ですから今も考え方の根本なところには、「役に立つ」ということがありますね。ただ、プロジェクトの中を渡り歩いていると、プロジェクトとしてやるテーマというのはあるのですが、その研究が進んでいくと私なりの目的が見えてきて、創薬につながる応用ということに結びつくような研究に集約されてくる。それは偶然なのかもしれないですが、点と点がつながっていっているような気がしますね。

今回(第53回日本生物物理学会)のポスターに出されていることは結晶化の方法に関することですね。これも目的のものを得るためにということなのでしょうか?

 そうです。これまでは溶液中でタンパク質結晶を出すということが常識だったのですが、それを固まったゲル中で出すというのは、ある意味世界で初めての常識を破るような研究なんです。そこで終わっていれば、ただの珍しいことで終わるんですが、ある時その技術開発中に、高濃度の有機溶媒の中で、浸透圧ショックを受けても結晶が壊れないということが分かったんですね。それで水に溶けにくい化合物を用いて、タンパク質との複合体を作るという、これまでできなかったことができるようになったのです。それにはこれまでの経験が生かされています。製薬企業にいますと、水に溶けにくい化合物というのがたくさんあるんです。それで、課題はタンパク質の複合体の結晶をいかに作るかなんです。結晶が得られて構造解析まで進んでも、活性部位にその目的化合物が見えないことが少なくないんですね。この原因がわからなかった。おそらくタンパク質と水に溶けにくい化合物との複合体の作り方がまったく確立されていなかったということが 大きな原因だろうとは思っていたのですが。

それは複合体ができていないということですか?

 そういうことです。要するに、水に溶けにくいものをいかに水に溶かすかという溶解方法が、すべてにおいて確立されていなかったんです。これは言い過ぎかもしれませんが、今の生命科学、水に溶けることを前提にして、ストーリーが組まれているように思います。それはどういうことかというと、測定するときに 水に溶けるものでないと測定できないということなんです。でも生体の中では、水に溶けるものも解けないものも含めて、割と差別なくあるわけですね。それは脂質を含めて。それらが水の中をふらふらとうごきまわっているようには思えない。ましてやDMSOがヒトの体の中にあって浮いているとも思えない。まだまだ我々は生命をわかっていないというのは明らかですが、このままの技術開発だけでは生命は十分にわからないだろうなとも思うんです。それは根本には、水に溶けないような化合物をどのようにして扱うかという問題が解決していない、ということがあります。溶けているように見えても狙った濃度で溶けていない可能性がある。例えば脂質でいうと、溶けているように見える溶液でもミセルを形成して分散されていないということがあります。だからそういう技術はまだまだ確立されていないのです。今回開発したゲル中の結晶化法というのは、私がたまたま50%DMSO含有水溶液中に結晶を入れても結晶が壊れないという現象を発見したんですよね。それが重要な特徴で、要するにこれまでタンパク質と水に溶けにくいような化合物との複合体を作ろうとすると、どうしても有機溶媒に溶けた化合物と混合せざるを得ないのですが、例えば50%のような高濃度のDMSOに浸すと、タンパク質の方がやられるんです。ですから、せいぜい10%の有機溶媒が限度です。でもその濃度では化合物の溶解濃度というのは限られてしまう。制限がかけられてしまいます。それを50%まで上げることができれば、かなりの化合物の溶解濃度を上げることができて、複合体を作ることができるようになるわけです。従来法では複合体結晶を作ろうとすると最初にタンパク質の溶液と化合物の溶液を混ぜるという方法と、タンパク質を結晶にしてから化合物を結晶中に拡散させて複合体にするというやり方があるんですけれども、いずれも化合物を高濃度にはできなかったんです。それをこの技術では、DMSO濃度を50%まで上げることで、リガンドの溶解濃度をかなり上げることができるので、複合体を作ることができるようになった。

タンパク質を結晶化してから有機溶媒に入れてもゲル中だとタンパク質が耐えられるというわけですね。

 はい、そうなんです。最近は薬ができにくいといわれていて、可能性のある化合物は水に溶けにくいものばかりだと言われているくらいです。私が今考えているのは、これまでに無い全く新しい"創薬スクリーニング"の形です。つまり、大規模ライブラリーで水に溶ける化合物と溶けない化合物を区別せずに50%DMSOなどに溶解させた溶液を用意して、それらの化合物溶液を、凝固したゲル中で大量に作製したタンパク質結晶へ一つ一つ添加して複合体結晶を作製するんです。直ぐに構造解析を進めて活性部位に化合物の電子密度が確認できれば、それらの化合物の結合状態を検討して、有望な化合物とするという流れです。目指したいことは、このような初期スクリーニングができるかどうかというところにこの技術を生かしていきたいということなんです。

創薬を目指そうとしたとき、そこに水に溶けるものしか扱えないという、どうしても越えられない壁があった。そして今その壁を乗り越える方法が見つかったということですね。

 そういうことです。もう一つ補足しますと、今進めていますERATO脂質活性構造プロジェクトは、5年目の最終年度なのですけれど、これは脂質が生命科学の最後のフロンティアという考えで進めているのですが、これを進めるにも、水に溶けない脂質というのが課題だったんです。これをどうとり扱うかというところにも、先ほど申し上げた点と点が結びついた、ということがあるんですね。
 このプロジェクトでは、脂肪酸結合タンパク質FABP3を扱うことになったんですが、そこで、脂肪酸の活性構造、つまりタンパク質と相互作用している時の脂肪酸のコンフォメーションをきちっと見てやろうということになったんです。そういった意味ではX線結晶構造解析というのは非常に強力な武器ではあるのですが、脂肪酸のようなアルキル鎖をもつ化合物ですと、どうしても電子密度が乱れてしまう。最終的にそこをどのように判断するかというと、ディスオーダーとして片づけてしまうんです。ただFABP3の場合、20年前に既に構造解析されていましたので、今の技術で超高分解能の構造が得られれば、脂肪酸のアルキル鎖を原子レベルで観察できるのではないかと考えたんです。論文の方法を用いて発現から精製、論文通りに脱脂質化、結晶化、構造解析までやったのですけれど、やっぱり脂肪酸は見にくかった。0.8Å近い超高分解能でもです。タンパク質の方は非常にはっきりと電子密度も原子レベルで見えるのですが、脂肪酸はぼんやりしか見えなかったんですね。私は最初、それをディスオーダーだと思っていました。ところが、FABP3のアポ型構造がまだProtein Data Bankに登録されていなかったので、少しでも成果を出そうとの思いで、脱脂質化した後のFABP3の構造解析をしてみると、バシッと脂肪酸が活性部位に見えたんです。ここで一つ問題だったのは、タンパク質は大腸菌で発現させて、それを精製するんですけれども、もともと大腸菌がもっている内因性の脂肪酸と結合した状態で取れてくるんです。それで過去の論文通りに、脱脂質化という操作をしていたんですが、結局、論文のプロトコール通りでは脱脂質化できなかったんですね。要するに、タンパク質の方の構造ははっきりみえたのに活性部位の脂肪酸が見えにくかった理由は、内因性の脂肪酸がきちっととりきれず、かつ長さの違う脂肪酸が混ざっていたために平均構造が見えていたという訳です。最終的には、独自の脱脂質化方法を適応することで、脂肪酸のアルキル鎖を原子レベルで観察することに成功したんですが、この問題もやっぱり脂肪酸が水に溶けにくいということが原因だと思いました。タンパク質は水に溶けているわけで、その中で脂肪酸を外そうとすると脂肪酸が逃げる場所を作ってやらないといけない。周りが水なので外そうとしてもやっぱり逃げる場所が無くてなかなか外れないということになる。生体の中ではそれをうまくやっている訳で、そこが難しいところだと思いますね。
 もう一つ問題だったのは、タンパク質と脂肪酸とのアフィニティーを見積もるためにITC (Isothermal Titration Calorimetry)というのをやったのですが、これも水に溶けにくいものになると熱がでてこないんです。構造解析では、リガンドをうまく入れることができたんですけれど、ITCではうまくいかなくて、今度は、これは同じERATOグループの松岡グループリーダーによって開発された技術なんですが、リポソームの中に溶かしこんで測定してやるときちっと熱がでてくるようになりました。

言われてみれば理屈どおりですね。

 そう。その時にタンパク質と脂肪酸とのアフィニティーを過去の論文をあさって、網羅的に調べてみたのですが、きちっと同じ条件かつ同じ装置で調べたものがなかったんです。その原因は長さの異なる脂肪酸では、アルキル鎖が長くなれば水に溶けにくいということがあるにもかかわらず、溶解方法がまったく確立されていなかったということで、そういう状況で測定していたので、統一した結果が得られていなかったんです。ですから、これまでの装置で求めた水に溶けにくい化合物のアフィニティーは果たして本当に正しいのかという疑問が生ずる。これまで見落とされてきた化合物や、アフィニティーが低かった化合物が、実は高かったということも起こりうるかもしれません。

なるほど。ここで少しお話を変えて、PDISの支援プロジェクトのお話しに移させていただこうと思うのですが、これまでの先生の研究の中で、どのような支援に注目なさいましたか?

 元々はERATOプロジェクトで我々のグループに足りないものを補うということだったんです。我々のグループにはポスドクがいなかったものですから、装置を含めて、博士号取得者のような経験豊かな方々から、いかにコンタクトをとってアドバイスを頂けるかが研究の成果を左右するのではと考えていました。そういったときに、装置を使いこなされている優秀な研究者がついてサポートしてもらえるというのは、私にとってはすごく魅力的だったんです。

それは研究に不足している部分が補えるといいうことですね。

 そうです。それと、もう一つは、PFとかSPring-8での測定でした。ビームタイムというのはこれまでもあったのですが十分ではなく、それを補おうとすると、また半年待たなければいけない。そういったものにもすぐに対応できるということは大変魅力的だったということがありますね。ビームタイムに関しては非常に役に立っていて、海外と競合しているということもありますし、ビームラインによっては各々個性があって、そういったものを自分が今持っている結晶に対してすぐに選択できるというスピード感は実感しましたね。

支援を利用しようとしたとき最初にプロジェクトにコンタクトを取られたと思うのですが、いかがでしたか?

 最初にご相談させていただいたときにお願いしたのは、生産と解析とバイオインフォマティクスでした。先々を見越した形で、何か悩んで壁にぶち当たった時にどう打破するかという、頭脳集団という見方をしていました。たまたま何とか周りの身近で優秀な方々の力をお借りすることができましたので、頭脳集団という意味でサポートをお願いしなければならないというところはあまりなかったのですが、研究テーマを進めるときに、予め想定した自分たちのマイナス面を打ち破る何らかのサポートがあると、思い切った挑戦ができると感じました。それは研究者にとってはとても心強いものだと思います。

プラットフォームで、ヒトの輪が広がるといったことはいかがでしたか?

 それはもうすでに知っている方ばかりでしたから、そうでもなかったですが、つながりがより深くなったということはありますね。情報が入るようになりました。いろいろなセミナーの情報がはいって、X線溶液散乱ですとか、そういったことにちょっと挑戦してみようか、と思えるようないろいろな情報が入ってくるようになりました。

支援はご自身のプロジェクトにどのくらい貢献していると思われますか?

 それは計り知れないですね。実験的なサポートなど、形に見えるものもいろいろと支援していただいていますけれど、やはり計り知れないところは心の余裕みたいなことですよね。いつでもサポートしていただけるし、実験が足りなければいつでも連絡することができて、サポートを受けられるという安心感です。この部分の貢献度というのは計り知れないですね。ある意味孤独感が少なくなったということと、若い世代まで分け隔てなくサポートが受けられるというのは、やはり大きいと思いますね。ただ単に「装置がありますよ。使って下さい。」というのとは違いますね。研究者が増えるようなものですから。

それではこれから目指されることはどのようなことでしょう。

 今の薬の作り方を根本的に変えたいですね。最初のスクリーニングの段階でいきなり結晶を使って大規模なライブラリーを試していくといった具合に。

ロボット化も?

 そうなんです。「構造解析で活性部位に化合物が観察されたものにアフィニティーがある」と取り敢えず考える、そこからが化合物の最適化のスタートです。先で紹介した技術を用いて、水に溶けにくい低分子化合物を対象にして、新しい骨格を持った化合物を探し出していくという基本的な流れができればいいなあと思っています。今、抗体医薬というのが主流になっていますが、低分子化合物への挑戦を目指したいですね。実用化に向けてはまだ改良していかなければならないところも多々ありますが、そこをクリアできれば自動化を含めて飛躍的に発展すると考えています。

このたびは、お忙しいところ興味深いお話をありがとうございました。

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