名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田哲男
合成領域名古屋工業大学機関では,名古屋市立大学機関(薬学部,代表・樋口恒彦教授) の分担機関として,「C-H 結合活性化を活用する独創的リード化合物高度化」を行っています。特に名古屋工業大学機関では「含フッ素化合物高度化」に照準を合わせ日夜研究に励んでおります。20世紀初頭のペニシリン発見に代表されるように,有機天然物は医薬品候補物質の宝庫であります。市場に出ている医薬品には,天然物そのもの,あるいは天然物から誘導される半合成誘導体がかなりの数を占めています。とりわけ,それらの化学構造中に窒素原子や硫黄原子を含む複素環が数多く見られることから,天然有機化合物様構造を持つ複素環の効率の良い合成手法の開発研究は,創薬に携わる有機合成化学者にとって,力量を発揮する格好の研究分野の一つであります。一方,21世紀になるとデータベースが急速に発達し始め,医薬品には,天然物構造に加えて,フッ素原子を含む化合物が意外に多いことがわかってきました。その割合は市場に出ている医薬品の30%にも及びます。しかしながら,これら含フッ素医薬品の源を天然有機物質に求めることは困難であります。というのも,天然から発見されている含フッ素有機化合物の数は,わずか1ダース程度であるからです。従って,含フッ素有機化合物を入手する手段は,純粋に有機合成化学に頼らざるを得ない状況といえます。私たちは,5年間の研究成果として,複素環にフッ素やトリフルオロメチル基などのフッ素官能基を有する化合物の合成手法を数々見出してまいりました。最近の顕著な研究成果としては,ペンタフルオロスルファニル(SF5)基を持つピリジン類の合成に成功したことであります。SF5基は,人工的に合成された官能基であり,自然界には存在しません。SF5化合物の最初の合成は,今から半世紀以上の1950年代に遡りますが,SF5基を持つピリジン環の合成は未だに達成されておらず,どの研究者が最初に成功するかが注目されていました。私たちは,その中でもメタ位とパラ位にSF5基を持つピリジン類の合成に世界で初めて成功しました(Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 10781-10785)。高度化研究の成果です。
また支援として,我々の培ってきた技術を生かした含フッ素化合物のライブラリー創出に取り組んでいます。フッ素化やフッ素官能基化反応は一般的な化学反応とは異なる反応性を示し,さらにフッ素化学物自身の化学的・物理学的性質も大きく異なるため,物性の評価も重要な研究領域です。私たちはこの課題を達成するべく,LC-MSや,マイクロウェーブ反応装置,フロー反応装置,自動精製装置を用い,フッ素官能基化化合物のライブラリー構築に成功しています。今後,さらに研究を進展させ,これらの成果がアカデミア発の創薬を実現させることを期待します。