理化学研究所 放射光科学総合研究センター
生命系放射光利用システム開発ユニット 山下恵太郎 平田邦生 山本雅貴
SPring-8は解析拠点・解析領域においてビームタイム支援に加え、構造解析支援や最先端の構造解析研究のニーズに応えるべくビームラインの高度化を行っています。本記事では、特に膜タンパク質などの高難度試料に対して有効である「微小結晶からの自動データ収集システム」についてご紹介します。
SPring-8ビームラインBL32XUは、高フラックスな微小ビーム(最大1012 photon/sec, 1.0×1.0 μm2) が利用できる、世界最先端のビームラインです。膜タンパク質などの結晶作製が困難な試料は、ミクロンサイズの結晶しか得られないことが多く、数10-100 μmのX線ビームでは高分解能かつ高品質な回折データを収集することは困難でした。BL32XUの登場によって、数多くの膜タンパク質の立体構造解析が行われるようになりました。本事業では、高難度試料を用いた構造解析をさらに加速させるため、全自動のデータ収集システムZooを開発しました。
微小ビームを用いることで、試料外からの散乱を抑えた低ノイズ測定が可能になりましたが、高分解能回折像を得るには高強度X線での測定が必要です。X線の吸収によって試料が損傷する放射線損傷の問題から、数ミクロン程度の微小結晶では1つの結晶から高分解能かつ完全なデータを収集することは困難です。このため、多数の結晶から少しずつデータを集め、それらをマージすることで構造解析に用いる完全なデータを得る測定戦略が有効であることを実験的に確認しました(解析拠点・生産領域の小林グループ(京都大学)との共同研究)。タンパク質結晶からX線回折データを収集する際は、クライオループと呼ばれるサンプルマウントを用いて結晶を拾い上げておく必要があります。本システムでは、ユーザは1つのループに多数の結晶を拾い上げ、液体窒素中で凍結したものを複数用意して測定を開始します。
ビームラインでは、図に示すような順序でループが処理されます。サンプル交換はロボットによって自動で行われ、まず同軸カメラ映像の画像処理による自動のループ位置調整が行われます(INOCC)。結晶の位置を正確に決定するため低線量の回折スキャンを行い、回折パターンが観測された結晶位置をマッピングします(SHIKA)。検出された結晶位置から、放射線損傷を考慮したデータ収集条件を決定(KUMA)したうえで、1つの結晶から5-10°程度ずつデータを収集します。集められたデータは、自動的に指数付け・積分処理が行われ、さらにデータのクラスタリングや異常値除去を行ったうえで、マージ処理を実行して自動的に最終データを出力します (KAMO)。
このZooシステムをユーザが利用することで、既に膜タンパク質を含む多数の構造解析に成功しています。特に結晶を大きく成長させることが困難な場合に有効で、全自動測定であるため、ユーザの負担を大幅に軽減することも可能になりました。
本Zooシステムは更なる高速化・高効率化だけでなく、幅広い結晶サイズにも対応するべく高機能化を進めており、BL32XU以外のビームラインでも順次利用可能になる予定です。最後に、本システムの開発に際してサンプル提供や解析結果のフィードバックをおこなって頂いているユーザの皆さま、特に開発初期からご協力頂いている解析拠点・生産領域の小林グループ(京都大学)に感謝申し上げます。