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高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の支援・高度化の取組み

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
田辺幹雄、加藤龍一、松垣直宏、山田悠介、清水伸隆、千田俊哉

 高エネルギー加速器研究機構(KEK)では、生産領域(代表:加藤龍一)における結晶化支援課題と、解析領域(代表:千田俊哉)における結晶構造解析、及び溶液散乱に関する支援課題が互いに連携し、タンパク質の結晶化スクリーニングから、KEKの放射光施設Photon Factory(PF)を用いたX線結晶構造解析やX線溶液散乱解析といった一連の流れをパイプラインとして活用できるよう支援と高度化を行っています。また構造解析未経験者には、測定・解析支援に留まらず、構造解析に必要なタンパク質の精製に関する指導等も活発に行っています。

 結晶化支援では、結晶化ドロップの作製から観察を全自動で行うロボットシステムを構築し、大規模な結晶化スクリーニングを支援しています。結晶化ロボットは0.1μlから結晶化ドロップの作製が可能で、高濃度(目安として~10mg/ml)の精製タンパク質が150μlあれば常備する1056種類の結晶化条件を一度に試すことができます。結晶化プレートは自動的に恒温のインキュベーターに入れられ、定期的に結晶の観察が行われます。内部からだけでなく機構外からもサーバーにアクセスすることにより、結晶形成を経時的に観察することが可能です。また第二次高調波発生(SHG)の原理を用いて、結晶ドロップ内のキラル性を検出できるシステムも組み込み、より効率的に初期段階の結晶が発見可能になりました。

 結晶構造解析ビームラインでは、解析技術やビームタイム供与の支援に加え、結晶化溶液中の結晶に直接X線を照射するin situ測定や、Native-SAD実験など、特色のある技術を開発して支援に供しています。BL-5Aおよび17Aでは、初期結晶化スクリーニングにより得られた結晶の回折能をいち早く確認するため、結晶化プレートを直接マウントし、回折像の確認を行うin situ測定系の開発を行いました。BL-17Aではさらにこのシステムを発展させ、直接データセット収集を行うことも可能にしました。BL-1AではNative-SAD法を用いた位相決定法を北大・解析領域(代表:田中 勲)と共に重点的に開発してきました。Native-SAD法とは、タンパク質や核酸に含まれる硫黄やリン原子が長波長(低エネルギー)のX線照射で異常散乱シグナルを示すことを利用した位相決定の手法です。天然の結晶のみを用いて位相決定が可能であることから、構造決定の迅速化や重原子誘導体の作製が困難な対象への適応なとど、多くに優位な点がありますが、低エネルギーのX線を用いた回折実験では、X線の吸収・散乱が顕著となり測定を困難にします。そのため試料から検出器全体を囲む封止タイプのチャンバーを開発し、X線吸収効果の小さいヘリウムで置換することで定常的に波長2.7-3.3Åの低エネルギーX線を用いて高精度のデータ収集が可能な測定環境を構築しました。またNative-SAD仕様のデータ収集プロトコルも確立され、構造解析の成功例も増大してきています。

 溶液散乱ビームラインでは、溶液試料の性状チェックなどに加え、結晶構造解析と溶液散乱解析を相補的に用いた相関構造解析に関する支援も行っています。BL-15A2では、溶液サンプルチェンジャーとパイプライン解析システムを導入し、人の手を介さずに試料の分注から測定解析まで、192サンプルを16時間で処理可能なハイスループット測定システムを構築しています。BL-10Cや15A2では、オンラインHPLCを使用したSEC-SAXSシステムを導入し、安定性が低いタンパク質複合体などの高難度試料の測定も可能になっています。また、初心者でも使いやすいデータ解析ソフトウェアSAnglerを独自に開発し、広く一般に配布しています。解析に関しては、SAXS実験の結果と既存の高分解能構造を活用するMDを組み合わせたSAXS-MD解析を、バイオインフォマティクス領域と連携して進めています。

 結晶化から回折・溶液散乱実験を経て構造解析を行うにあたり、膨大な量のデータを扱うため、適切かつ有効利用できる実験データの管理システムが重要となります。PFではその様なデータ管理システムとしてPReMo (Photon Factory Remote monitoring system) を開発中です。タンパク質の精製、結晶化条件、測定環境、データ処理などの過程を、サンプルごとにIDを与えて記録・データベース化し、研究に役立てる事を目指しています。結晶構造解析ビームラインでは回折実験条件や回折像等を全て記録管理し、実験者がデータを常時確認できます。また結晶化ロボットのデータベース(PXS-PReMo)と溶液散乱のデータベース(SAXS-PReMo)は現在開発中で、将来的にはこれら3つのデータベースを統合し、膨大なデータからAIで結晶化や測定条件の傾向を導き、より自動で観測を進められるシステムを構築したいと考えています。

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 高度化されたシステムはPDIS以外の利用者にも供与されており、研究分野の発展に貢献しています。PDIS事業での研究の支援やニーズの発掘により、タンパク質の構造情報が創薬などの基盤を支えていることが一般社会にも周知されれば、構造を用いた生命科学に関する研究が広く支持されることに繋がると考え、日々開発に取り組んでいます。

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